永久輪廻

  その中で唯、日々を重ねる。
  何時まで経っても同じことの繰り返し。
  変わらないはずの日を。
  それは些細なことから崩れ始める。




  いつも通りの朝。
  何度廻ってきたかもわからない朝。
  そうなるはずだった。
  いつものように真琴が訪ねてくる。
  真琴は真っ青な顔だった。
  予想外。
  これほどその言葉が当てはまる時はない。
  昨日までは元気だった。だから真琴は今日も元気なはずなのに。

「頭痛い」

  真琴はそう呟いて僕に寄りかかった。
  いつも通りとは程遠い朝の始まり。そして、恐怖の始まり。
  会話なんて久しぶりだった。
  今までは台本を読んでいるのと変わらなかったのだから。

「結城?」

  名前を呼ばれた。そう気づくまでかなりの時間がかかった。
  輪廻を続けるこの世界で、記憶を持ったまま過ごし続けた代償とも言えた。

「何?」

「俺やっぱり部屋戻るね。結城に風邪移すと悪いし」

「だめだ」

  気がつくとそう答えていた。
  怖かったのだ。これ以上変わるのが。

「でも…」

  何かを言いたそうに真琴がこちらを見る。それでも頷く気はなかった。
  しばらくすると真琴は眠そうに目を閉じた。
  邪魔をする気はなかった。
  例え予想外であっても。昨日までとは違っても。真琴が具合悪そうなのは事実だったから。
  そのまま僕たちは1日を過ごした。そして別れた。


  1日めが終わる。
  明日はいつも通りの日々が戻ってくると信じて僕は目を閉じる。
  本当の恐怖がこれから先、訪れるなんて思わなかった。思うはずもなかった。




  朝。
  真琴は来なかった。
  真琴の元を尋ねる勇気はでなかった。それでも真琴に会いたかった。
  僕は真琴が好きだから。


  昼過ぎに勇気を振り絞って真琴を訪ねた。
  真琴は寝ていた。僕が部屋に入ってきたのにも気づかずに。
  昨日よりも弱っているように見えた。
  何故。
  疑問が頭に浮かぶ。答えなど誰も知るはずがない。
  例え誰かが知っていても聞きたくはない。
  真琴が目を開ける。

「結城」

  手が伸ばされる。僕の方に、ではない。

「真琴?」

  心配になって真琴の手をしっかりと握る。

「見えない。結城の姿が見えないんだ。何も、見えない」

  真琴が弱々しく首を振る。
  信じられなかった。信じたくもなかった。

「冗談だろ?僕はここにいるよ」

  真琴の手を僕の方へと引き寄せる。真琴の手はとても冷たかった。

「結城。今、何時…?」

  話すのも億劫そうな真琴の声。

「夕方の6時だよ」

  僕は答える。
  まだ僕は気づいていなかった。真琴の体に何が起こっているのか。

「じゃあ、もう少し寝ても、いい?」

  真琴が呟くように言う。

「僕はずっとここにいるから」

  そう答えて髪をそっと撫でる。真琴は安心したように目を閉じた。
  真琴の手を握って僕はそこにずっといた。
  早く朝になって。そしたらまた元の生活に戻れるから。唯そう願い続けた。




  朝が来る。
  真琴の手はずっとずっと冷たくなっていた。

「真琴」

  控えめに名前を呼ぶ。
  返事は、ない。

「真琴?」

  もう1度。
  やっぱり返事はなかった。

「目を開けてよ。朝だよ」

  真琴の身体を多少強く揺すった。
  それでも真琴は動かなかった。
  僕は気づいていた。それでも信じたくなかった。

「まこと、まこと…」

  うわ言のように名前を呼ぶ。
  目を開けないのはわかっていたけれど。
  真琴はもう動かない。


  気づいていた。
  真琴は死んだのだと。
  永久輪廻の中で真琴は息絶えたのだと。
  信じられなかった。
  永遠に変わらずに続くと信じていたこの世界に“死”というものが存在することが。
  今までの日常はもう二度と帰ってこない。
  真琴ももう二度と帰らない。
  信じられなかった。
  僕一人だけで、こんな何もない世界で何をしたらいいのだろう。
  真琴の死によってこの世界の輪廻が永遠でないことが証明された。


  それならば。
  こんな世界ない方がいい。
  真琴が死ぬ世界なんて。
  真琴は僕よりずっと若かったはずなのに。僕より短い時間しか生きていなかったはずなのに。

「まこと……」

  僕は崩れるように座り込んだ。
  真琴の顔は見れなかった。
  怖かった。全てが怖かった。
  死んだ真琴が。この世界で一人になったことが。






  頭が割れるように痛くて僕は目を覚ました。
  白い天井が目に入る。
  見覚えのない場所だった。

「ここ、どこ…?」

  そう呟いた僕の顔を誰かが覗き込んだ。

「気づいたのね」

  嬉しそうに笑う女性。

  シラナイヒト。

「先生。拓也が気づきました」

  拓也って誰だろう。
  身体を起こす。
  女性に連れられてきた、白衣を着た男性が起き上がるのを助けてくれた。たぶん医者だろう。

「気分はどう?」

  彼に尋ねられた。
  気分は最悪だった。真琴が死んだのだから。
  僕は首を横に振る。

「目が覚めたばかりだからね。ここが何処かわかるかな?」

  知らない人と知らない場所。

「わかりません」

  僕がそう答えると女性は悲しそうに俯いた。

「ここは病院なんだよ。君は事故で大怪我をしてここに運ばれた」

  事故。怪我。
  そんなことは知らない。

「君は1年以上も眠り続けていたんだよ」

  医者が続ける。

「そうだ。真琴は?真琴が何処かにいるはず」

  僕が縋るように尋ねたら医者は首を振った。

「真琴くんとは誰だい、拓也くん」

「僕は拓也じゃありません。結城です。真琴は…僕の恋人です」

  僕の言葉を聞いて女性が倒れる。慌てて医者が支えた。

「お母さん、しっかりしてください。記憶の混乱はよくあることですから」

  医者がその女性に声をかけるのを唯黙って見つめる。
  “お母さん”ってことは僕の母親なのだろうか。

「真琴を探さないと」

  僕はそう呟いて立ち上がった。

「真琴くんは僕が探すから。君は寝てなさい。たくや…いや、結城くんだったかな?」

「真琴は僕の大切な人ですから」

  真琴のことを人に任せるのは絶対に嫌だった。

「真琴ってもしかして猫のこと?ねぇ、拓也。そうなんでしょ?」

  今まで黙っていた女性が突然僕に尋ねてくる。

「お母さん、猫というのは?」

  医者が尋ねる。

「我が家で飼っていた猫です。拓也はすごく可愛がっていて」

「猫なんかじゃない」

  そう言ってから僕は真琴の顔を思い出せないことに気がついた。

「真琴は猫よ。あなたは夢を見ていたの」

  女性が諭すように言う。

「お母さん、その猫は今何処に?」

「それが…いなくなってしまったんです。拓也が事故にあったあの日」

  事故。猫。真琴。
  何かが僕の脳裏を横切る。
  真琴は人じゃなかったかもしれない。
  僕の頭にそんな言葉が浮かぶ。
  人の形はしていた。それでも僕の持たないものを持っていた。
  耳と尻尾。人にはなくていいもの。
  あれは夢だったのか。

「嘘だ」

  僕は叫んだ。
  全てを思い出した。
  真琴は猫だった。道路に飛び出していった真琴を追って、僕も道へと飛び出した。
  そして、目の前で真琴は車に轢かれた。
  その後どうしたのかは覚えていない。

「拓也、夢だったのよ。今までのは全部」

  母親が言う。
  認めたくなかった。僕が恋人だと思っていたその人は猫だった。
  そして真琴はもういない。
  この世界にも。ぼくの夢の中にも。




  全てがどうでもよかった。
  壊れないと思っていた毎日続く日々は呆気なく壊れた。
  そして、真琴も壊れた。
  あと壊れていないのは僕だけ。
  僕は壊れるのを待って生き続ければいいのだ。
  全てはいつか必ず壊れるのだから。








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     *あとがき という名の懺悔*
      夢オチ。しかも人×人ではないです。
      そして、バッドエンディング。
      個人的にはバッドエンディングの方が好きです。
 
      勢いに任せて書いた作品。
      1時間足らずで書き上げた気がします。
      自分にしてはかなり短い制作時間。


                             06.05.26