Sweet
現在時刻22時を少し回ったところ。

定時はとっくに過ぎていて、とても静かな社内。
残っているのはこの会社の社長である、瀬谷。そして、何故か下っ端の葉山。
外に用事を足しにいってるうちに時間が過ぎて、帰ってきたら瀬谷しかいなかったという、とにかく帰りにくい雰囲気。瀬谷は帰って良い、というが葉山としてはそうもいかない。
お茶でも入れようかと給仕室にきたは良いものの、今葉山の前には悩みの種があった。

「お前はお茶を用意するのに何時間かかるんだ?」

突然背後から声をかけられる。

「ひぃっ」

思いも寄らない声が出たのには葉山自身も驚いた。

「そんなに驚くことねえだろ」

振り返ると後ろにいたのは瀬谷で。
しかも葉山の言動に思いっきり呆れているようだった。

「すみません」

驚いたのは事実だから素直に謝った葉山に瀬谷は苦笑いを零した。

「急に声をかけた俺もいけなかった。でもなぁ、気配も感じれないほど真剣に、お
前は何やってんだ?」

「あ…お茶を淹れてて…」

「それは知ってる。お茶淹れんのに30分もかかんの?」

瀬谷に声を掛けて席を立ってから、もう30分も経っていたかと慌てて時計を確認する。

「気になってきてみれば、立ち尽くしてるし」

「本当にすみません」

「何かあったのか?」

「古いケーキが目に入って、どうするべきかと」

「ケーキ?」

怪訝な顔の瀬谷にとりあえずケーキ箱を差し出す。

「あぁ。あの残りか」

彼は中身を確認して思い出したように呟く。

「そろそろ危ないですよね?黴は生えてないようですけど」

「もう食べれねえな、さすがに」

「もったいない気がしませんか?捨てるには」

「なら食うか?」

意地悪な笑顔で箱を差し出す瀬谷から葉山は目を逸らした。 さすがに食べれないと話してたばかりなのに箱を差し出されても困る。

「それはちょっと…」

俺は首を振る。

「でも捨てたくない、と」

「捨てるしかないですよね」

「そんなこともないかもな」

瀬谷が不敵に笑っていった、その言葉に本能的に葉山は危険を悟った。

「やっぱり捨てますね」

箱を取り戻そうと手を伸ばす。その瞬間、葉山はネクタイを引っ張られバランスを崩した。 そして次には唇に触れる温かいものを感じた。キスをされてると気付くまでに相当な時間がかかった葉山は、気付いてからも状況を理解できずなされるがままになっていた。

「嫌がらねえんだな」

ゆっくりと唇を離した瀬谷が意外そうに呟く。葉山は嫌がらないわけではなく、頭が追いついていないだけで。言う言葉も見つかっていないまま何か言おうと開いた口を再びキスで塞がれた。

 「んっ…は…」

 初めて経験する深いキスがひどく息苦しくて葉山の瞳から涙がこぼれた。原因は息苦しいだけじゃなかったりするのだが、もうどうでもよかった。泣き出した葉山の髪を瀬谷が優しく撫でる。それでもまだ濃厚なキスをやめる気はないらしく、耐えられずにへたり込んだ葉山を身体を瀬谷が支えた。大して身長は変わらないのに、瀬谷がひどく大きく見えた。

「何する…ですかっ」

やっと唇を解放され、非難めいた言葉で訴えると瀬谷は笑った。

「さぁな」

おれの訴えに無責任な言葉で答える瀬谷を見ながら、葉山は唇を手の甲で拭う。ファーストキスだったのに思いもよらない形で奪われたのが切なかった。
瀬谷が何をする気なのかわからない葉山は彼の行動を眺める。

「食べない、ですよ?」

ケーキ箱の中からケーキを取り出した瀬谷に言ってみる。

「食えなんて言わねえよ」

そう言いながら指でクリームを掬う瀬谷をただ見つめることしか出来なかった。

「何、する気ですか?」

思ったことを尋ねながらもとりあえず距離をとる。立って逃げれるなら今すぐにでも逃げだしていただろうが、キスのせいで腰が抜けてそれは叶わなかった。

「暴れると汚れるからな」

空いてる手で瀬谷が葉山の手首を掴む。そのまま手を引かれ、葉山は抱きつくような形で瀬谷の胸に突っ込んだ。

「汚れるって…え?」

いつの間にか腰に回されていた手が器用にベルトを外し、スラックスの中へと侵入してくる。

「何して、っ!?」

慌てているうちに、冷たいような生暖かいものが蕾に触れた。

「力抜いてろよ」

びくりと反射的に身を竦ませた葉山に瀬谷が囁く。その言葉にも、行動にも混乱する葉山を余所にその何かが蕾へと塗り込められていく。

「なっ…ちょっ…」

止める間もなく、異物感を感じた直後には葉山を激痛が襲っていた。

「いっ…」

「力抜けって」

突然の痛みに眉をしかめ、逃げようとした葉山に瀬谷が再び忠告する。

「何っ…?」

「指だけど」

「なん…でっ?」

「何となく」

痛みで呻く葉山を無視して瀬谷は行為を続ける。

「力抜け」

三度目になるその言葉に黙っていられなかった。

「知るかっ」

思わず素で叫んだ葉山はやばいと思った。

「痛いのもつらいのもお前だぜ」

瀬谷は特に気にした様子もなく挑発的に答えた。

「何考えて…んっ…」

文句の一つでも言おうとすると再び口付けられ、言葉は全て瀬谷の口の中へと消えた。

「うるさい」

キスから解放すると小さく少し不機嫌そうに瀬谷が零した。うるさいと言われて、状況次第ではへこむだろうが今の状況ではそれはありえなかった。そんなことを考えているうちに指が奥へと進められる。

「ひっ…いった…」

「息止めんな」

あまりの痛みで呼吸さえも忘れていた葉山の耳に忠告が届く。

「はっ……ん…」

思い出したように息を吐いた。上司の忠告は絶対だと思っているからできたことかもしれなかった。

「狭いな」

中で指を曲げ伸ばししながら瀬谷は呟いた。その度に襲う激痛がつらい。嫌なのはずなのに前はいつの間にかしっかり反応していて、それに気付いた葉山は顔が赤くなるのを感じた。女でもない自分が男に、しかも無理やりやられて喜んでいるのを認めたくはなかった。

「だっ…社、長っ」

「人来ても知らねえぞ」

絶叫に近い葉山の叫び声にも瀬谷は冷静だった。こんな姿を誰かに見られるのは絶対に嫌で、葉山は口を慌てて塞いだ。突然静かになった給仕室に溶けたクリームが卑猥な音をたて響く。

「いやらしいな」

そんなことを言われ真っ赤になって目をきつく閉じる。目を閉じても音が変わらないのは知っている。

「きもち…わるいっ」

音よりも実はそちらの方が気になる。クリームを塗り込められて、しかも好きなように弄られて気持ちいいと感じるのもごめんだなと一瞬思った。

「痛いよりはましだろ」

そう言われて、幾分か痛みがひいてきていることに気付かされる。葉山にとって認めたくない事実だった。

「何で…こんなっこと…」

「言っただろ。理由なんてねえよ」

「くっ」

余裕で答えるが瀬谷が恨めしくて、きつく下唇を噛んだ。

「そんなにきつく噛んだら切れるぜ」

下唇を指でなぞられる。そして緩んだ唇の間から指が侵入して、口腔内を犯す。

「んっ…ふっ…」

舌に指を這わせられる。実際嫌ではなかったけれど、されっ放しが気に食わなかったから自棄になって瀬谷の指に噛み付いた。

「っ」

怖々と目を開けると、瀬谷は痛みに眉を顰めていた。口腔内から指が抜かれる。俺の歯形が付いた指を見て、小さく舌打ちしたが結局彼は何も言わなかった。噛んだことに対して怒られると思っていた葉山は拍子抜けした。その油断がいけなかった。スラックスを下着と共におろされる。

「やっ…」

反応が遅れたせいもあって、葉山の抵抗は全く意味を成さなかった。いとも簡単に身体を返され、クリームで塗れたそこを見せることになる。

「見るなっ」

腰を押さえられているため、逃げることもできない。

「ぐちゃぐちゃだな」

入口の辺りを撫でながら瀬谷が呟く。

「っ…そうしたのは、社長です」

屈辱で零れた涙を見られたくなくて、葉山は顔を床に突っ伏した。

「泣くなよ」

小刻みに肩を震わす葉山に気付いて瀬谷が優しく声をかけてくる。

「大丈夫か?嫌ならやめるぜ?」

思いも寄らない質問に戸惑った。確かに嫌ではあるがこのままと言うのも微妙。かと言って縋るのも頼むのも抵抗がある。

「社長は…どうなんですか?」

「俺は別に。嫌がる奴を無理に組み敷く趣味はねえし」

全く説得力のない台詞にも聞こえるが突っ込む気力はなかった。

「もう…いいです」

別に。そう言われたのが意外にショックだった。手が離されたのをいいことに起き上がる。何も考えずに動いたため、溶け出していた液体が足を伝った。

「エロいな」

ぼそりと呟いて笑う瀬谷を思いっきり睨む。
そこまではよかった。葉山は自分が動けないし、服を着ることもできない。後始末の仕方なんてものも知らないことに気がついた。

「ケーキの使い方」

困ってる自分を眺めながら笑う瀬谷を殴りたいと思った。葉山は上司に初めて反感を覚えた自分に驚いた。それ以上に、悲しい気持ちで一杯なことにも気がついていた。遊ばれただけなのに、何かを期待していたのがすごく滑稽に思えた。止まったと思っていた涙が再び零れる。屈辱ではない、悲しくて零れてくる涙。俯いて唯声もなく泣いた。

「ごめんな」

泣いている葉山に瀬谷が謝ってくる。髪を撫でる手。涙の理由をたぶんわかっていない瀬谷の優しさが嫌だった。髪に触れる瀬谷の手を払ってしまってから失敗したと思ったが後の祭りだった。

「触られんのも嫌か?」

少しだけ瀬谷の表情が翳った。

「嫌…です」

嫌なはずがない。それでも優しくされたくなどなかった。一時の優しさに縋るのは嫌だから。

「ごめんな…」

再び謝罪の言葉。俺は耳を塞いだ。その行動が裏目に出るだろうことなどわかっているつもりだった。 涙でぼやけた目に写る、瀬谷の歪んだ顔が余りにつらそうで葉山は目を逸らした。

「あの…」

控えめに瀬谷に声をかける。

「タオルか何かもらえませんか?」

「あぁ…悪いな」

瀬谷が立ち上がって、給仕室から消える。

「好きです、瀬谷社長…」

誰もいなくなった給仕室で小さく呟いてみる。ひどく陳腐な台詞だと思う。それでも葉山にはその一言が言えなかった。
しばらくして瀬谷が戻ってきた。ぎこちない仕種でタオルを差し出される。

「ありがとうございます」

差し出されたタオルを受け取る。とりあえず汚れたところを拭く。

「あの、仕事…は?」

沈黙が怖くて差し障りのない話題をふってみる。

「…終わった」

「お疲れ…さまです」

「お前はどうして帰らなかったんだ?」

「帰りにく…かったので」

「そうか…」

呆気なく会話が途切れる。再びの沈黙。

「あの」

「ん?」

「社長って――のこと好き…なんですよね?」

答えを聞けばきっぱりと諦められるような気がした。だから敢えて聞いた。相手の名前は言えなかったけれど。

「あいつがなんだ?何で突然・・・」

意味がわからないと言った風に眉を顰めた瀬谷に首を傾げる。

「違うんですか?」

「好きとかそんな感情で見たことねえな。あれは幼馴染だ」

「そう、なんですか」

予想外の答えだった。

「意外そうだな」

「あ…いえ。噂で・・・そう言われてたから・・・」

「お前はどうなんだ?」

「――を、ですか?」

「違う。好きな奴がいるのかって話だ」

「います、」

目の前に。そこまで会話を続けて、やっと気付く。戻ってきてから瀬谷は一度も葉山の方を見ていなかった。拒絶したのは葉山自身だったが突きつけられると耐えられなかった。

「ごめんっ…なさ…」

思わず口から零れたのは謝罪だった。頭を抱えるようにして泣き崩れる。愛想を尽かされても仕方がないとさえ思った。

「お前が謝る理由なんてないだろ」

頭上で焦ったような声がしたけれど止まらなかった。

「ごめん…さい…。…きらわない…で」

「落ち着け。俺はお前を嫌ったりしない」

黙ってしまったらそのまま壊れてしまうような気がした。

「おれ……」

「わかったから落ち着け」

優しい声だった。葉山はただ子供のように泣きじゃくった。

「お前、何か勘違いしてるだろ」

落ち着いた頃を見計らって瀬谷が言う。

「勘違い?」

「何で俺がお前を嫌うんだ?」

「俺が…社長のこと…拒絶した…っから」

「嫌うわけねえだろ」

抱き締められ頭を撫でられる。今度は拒否したりはしなかった。

「嫌なら言っていいんだぜ?」

頭を撫でながら戸惑ったように瀬谷が言う。葉山は微かに首を横に振った。

「葉山」

「はい…」

「好きだ」

「…っ」

弾かれたように顔を上げた葉山は瀬谷と目が合った。

「お前に好きな奴がいるならそれでいいんだ」

「ちが…」

「ん?」

「好き…。俺、ずっと瀬谷社長が…好き…でした」

震える声で答える。

「泣くなよ。俺はお前に笑っててほしいんだぜ?」

涙を舌で舐めとられ、葉山は赤面した。

「好きだ」

再び強く抱き締められる。

「俺も…好きです」

控えめに瀬谷の背中に手を回す。

「でもクリームは嫌です」

キスをされそうになって、ふいと顔を背けた。

「衝動的だったんだよ」

すまなそうに瀬谷が目を伏せる。

「慣れて、ましたよね…」

「妬くなよ」

「俺が知らない処で課長が何やってようと俺には関係ありませんから」

「可愛くねえな」

そう小さく呟いた瀬谷の頭を叩く。本当に軽くだったけれど、いくら何でもまずかったかなとも思った。

「上司を叩く奴があるか?」

「部下に手出した社長に言われたくないです」

手首を掴まれ『最低だな』などと呟いた瀬谷に葉山も負けじと返した。

「…別にお前になら殴られてもいいけどな」

「俺だって…社長になら抱かれてもいいって思いました。帰らなかったのも社長と二人でいたかったからで…」

言っていて葉山は自分が赤くなるのを感じた。

「黙れよ」

赤くなった瀬谷がそっと唇を押しつけてくる。照れ隠しなのかなと思うと笑みが零れた。

「お前、ケーキ嫌いか?」

長いキスの後、思い出したように瀬谷が尋ねた。

「ケーキ…は好きです…」

「好きならいいんだ」

瀬谷の言葉に違和感を覚えて首を傾げたが、彼はそれ以上何も言わなかった。

「帰るか」

瀬谷が立ち上がる。

「俺、どうしたらいいんですか」

泣きそうになりながらも葉山は尋ねてみる。タオルで拭いたとはいえ、まだベタベタで服は着たくもない。

「あー」

本当に何も考えていなかったらしい瀬谷は目を逸らした。

「ひどい…話ですね」

「悪ィな。家帰ったら洗ってやるからそれまで我慢しろ」

「わかりました…」

諦めた葉山はしかたなく服を着た。この後は葉山の都合無視で、瀬谷の家に行くことに決まったらしい。

「行くか」

さりげなく繋がれた手はとても温かかった。
その夜、瀬谷は葉山が気を失うまで寝かせはしなかった。



翌朝起きると隣にいるはずの瀬谷は既にいなかった。
枕元にはいつの間に用意したのか、綺麗な着替え一式が置いてある。腰が痛いがその程度で仕事を休むわけにもいかない。着替えを済ませた葉山は会社へと向かった。
会社内はいつもと変わたところは何一つなかった。しかし、瀬谷は時間になっても現れなかった。家にいなかったからてっきり先に行ったのだと思っていた葉山は戸惑った。

「…今日、社長休み?」 

隣りで仕事をしていた同僚にこっそりと尋ねてみる。

「昨日残業するような人だぜ?休みなはずないだろ」

「でも社長に限って遅刻・・・」

「そんなこともあるだろ」

「そう…だよな」

大して興味がなさそうな同僚に適当な相槌を打った、その時だった。扉が開いて、瀬谷が入ってきた。

「何時だと思っていらっしゃるんですか?」

秘書の嫌味に瀬谷は軽く笑った。

「遅刻だな」

「何処へ行かれてたのですか?」

「ちょっとな…」

秘書の言葉を適当に流した瀬谷は真っ直ぐ葉山の席へと向かってきた。

「葉山、手出せ」

「はい?」

社員一同が見守る中、葉山はとりあえず手を出した。

「プレゼントだ」

手の上に置かれた箱。それはケーキ箱のように見えた。

「これは…?」

「ケーキだ。みんなで後で食えばいいだろ」

葉山にだけわかるように不敵に笑った瀬谷。完全な苛めだった。

「ありがとうございます」

葉山もにっこりと微笑む。

「ちなみにショートケーキだ。俺はいらないからな」

そう言われた瞬間に葉山の中で何かが切れた。

「社長っ」

殴りかかりそうな勢いで立ち上がった葉山を同僚以下、みんなが凝視する。

「これはお返しします」

できるだけ平静を保った声で箱を押し返す。

「遠慮するなよ」

笑いを堪えながらそう言う瀬谷に、葉山は思わず叫んだ。

「喰えるかっ、こんなもん」

結局、葉山は強制的に食いたくもないケーキを食わせられた。
それからしばらくの間、葉山は社長に歯向かった平社員として、他の社員から恐れられたのは言うまでもない。








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     *あとがき*
      甘いようなそうじゃないような・・・。
      久しぶりに書いたものですが、ネタは随分前からありました。
      ケーキといったらショートケーキですよね。


      少し人物紹介。
      ●瀬谷
       小さくも、大きくもない会社の若社長。
       結構な気まぐれ。
      ●葉山
       新入社員。瀬谷に憧れてこの会社を志望した。
       実際、気が強い。

      元々は瀬谷の片思いのはずだったんですが、気がついたら両重いな二人になってました。
      この二人は結構お気に入りなので、機会があったら続きが書きたいです。



                             07.05.12